日本能率協会 JSTC技術英語専任講師 中山裕木子
ビジネスの現場で3つのC「正確・明確・簡潔」を満たすためのコツを伝えています。今回より、具体的な文書の特徴を伝えるとともに、各文書で3Cを満たす方法を検討します。会社などの組織が扱う文書には、技術や製品のマニュアル、仕様書、報告書、論文、企画書、特許文書などがあります。また日々の通信文書としてのメールや会議の議事録、会議のプレゼン資料などもあります。それら各文書の特徴をとらえた上で、3つのCを実現することが大切です。初回は「メール」を扱います。
メールの特徴 ― 簡潔性・相手への配慮・話し言葉と書き言葉
数多くのメールを毎日受信する読み手に対して、素早く伝えられるようにメールは特に簡潔に書く必要があります。短い時間で強いメッセージを伝えるよう、メールでは明確性と簡潔性が特に重要になります。
一方で、メールは宛先を指定して書きます。つまり「読み手が決まっている」ことが他の技術文書とは異なります。相手に直接メッセージを届けるので、明確・簡潔とは別の観点として、相手への配慮、つまり婉曲な表現についても、検討の余地があります。
また、メールは日々の通信文書ですので、公式な書き言葉とは異なり、話し言葉と書き言葉を合わせたようなスタイルを使うことができます。つまり「話すように書く」ことが、ある程度許容されます。一方で、略式にしすぎずに、他の技術文書と同様の書き方をしておくことにも利点があります。
短文英訳してみましょう
メールの主な内容となる【依頼する】【断る】【主張する】【確認する】【説明する】について、短い文を英訳しながら検討します。
これらを伝える英文の主語には、組織を代表する場合にはWe(私たち)を使います。個人的に表したい場合(例:個人の感想を述べる場合など)にはI(私)を使います。また、随所に「モノ」を主語にした表現を含めることができます。
【依頼する】
仕事で「依頼をする」状況は、「~してほしい」というよりも「~してもらうことが必要」という必要性からくるものです。そこで、便利な動詞need(~を必要とする)を主に使って表します。needは話し言葉でも使えて、人の「要求」を表すのに適切です。または、強い要求ではなく、「~してくれたら助かる」といった弱い要求の場合、「~に感謝する」を表すappreciateを使うことができます。さらには助動詞の過去形wouldを足して、「もし~してくれたら助かる」というように和らげて表すこともできます。
(1) より競争力のある価格の提示をお願いします。(ポイント:強く依頼)
(2) 製品111の値下げをお願いしたいのです。(ポイント:強く依頼)
(3) 今月末までに本件の回答をお願いします。(ポイント:依頼の度合いは強い・弱いの両方が可能。「今月末という期限の絶対性」に応じて決める)
(1) We need to ask you to offer a more competitive price. |
≪解説≫ needを使って強く依頼します。またhave no choice but to…も便利な表現です。価格交渉のように、We need a more competitive price.と直接表現をすることがはばかられる内容の場合に、We need to ask you to offer…とします。直接表現をしても問題がない場合、We need your reply…のように名詞をneedの後におきます。
「~して欲しい」ではなく「~してくれたら助かる」という弱いニュアンスの場合には、appreciateも使用が可能です。さらには助動詞の過去形wouldを組み合わせることで、「もしかして状況が許せば~して欲しい」というように弱めて婉曲に表現することも可能です。
これらの他には、We would appreciate if you could…というさらに主張を弱めた婉曲表現があります。また単にPlease…として依頼をしてはどうか、と疑問に思う人もいるでしょう。We would appreciate if you could…の類の婉曲表現は、昨今のメールの短縮化により、少しずつ使用が減る可能性があります。必ず使用しないといけないと思わず、必要時のみにとどめておきましょう。また、Pleaseは基本的に「~してください」と促す言葉であることを理解し、メールの第1文目ではなく、後半にて使用をすると上手く表せることが多くなります。上記であれば、Please reply to this matter by the end of this month.(今月末までに本件に回答してください)とメールの終わりに書くのは問題がなく、Please…を上手く使用することができます。一方で、メールの第一文目にPlease lower the price of product 111.とすると、Pleaseを使っているから丁寧に表現できている、というわけではなく、ぶしつけな印象を与えてしまいます。
【断る】
「断る」ときには、No(ノー)であることがまずはっきり伝わるように表現しましょう。その場合、自分側の「能力のなさ」を主張することが適切です。「こちらの能力がないために、できない」ことを強調して断ります。そこで、「可能」を表す助動詞canの否定のcannotや、「できない」を表すbe unable to、または「受け入れられない」場合にはunacceptableなどが使えます。
(1) 既に最安値であるため、これ以上の値下げは難しいです。(ポイント:「可能」という能力を表す助動詞canの否定cannotを、主語Weに合わせて使う)
(2) 注文番号X100に関して、今後これ以上の変更はできません。(ポイント:不能のbe unable to + will、no… will be acceptableやany…will be unacceptableを使う)
(1) We cannot lower the price any further because it is already the lowest possible price. Unfortunately, no more changes will be acceptable to order No. X100. Any more changes will be unacceptable to order No. X100. We are sorry. |
≪解説≫ We cannot…/We are unable to…/We will be unable to…を使って能力のなさを強調して断ります。また、no…will be acceptable, any…will be unacceptableでは、no(~がない)やun(接頭辞)を使って、否定の内容を肯定文の形で表します。
ありがちなIt is difficult (for us/me) to lower the price any further.とするのはやめましょう。difficultは「難しいけれど、できる可能性がある」と解釈されてしまうことがあります。
また、断るときには、後半に強い論理を表すbecauseを使って「できない理由」を述べておくことも大切です。文が長くなることが気になれば、We are unable to lower the price any further, because it is already the lowest possible price.とbecauseの前をコンマで区切る(非限定表現)、またはWe cannot/are unable to lower the price any further. It is already the lowest possible price.と文を区切ることができます。
【主張する】
「主張」は、文字通りに「~を主張する(insist)」を表す強い動詞や、「~には自信がある(be confident)」という表現を使って表すことができます。また、「主張」には書き手の強い気持ちが伴いますので、「(道徳的に・主観により)絶対そうだと思っていること」を表す強い助動詞mustを、動詞insistに組み合わせて使用するとよいでしょう。
(1) 注文した品を約束通りに配達してもらわないと困ります。(ポイント:Weを主語にして主観の強いmustで主張する+「動詞insist=~を主張する」)
(2) この製品シリーズが数年のうちに市場を占有することになるのは確実です。(ポイント:「確実と思う」を表すbe confident that…、be certain that…で表す)
(1) We must insist that the items ordered be delivered as you promised. |
≪解説≫ 書き手の強い主観を表すmustとinsistを組み合わせます。insist that…のthat節の中は、insist that XX should…の意味が隠れているため、動詞は原形(ここではbe)とします。We are confident that…も便利な表現です。他にはWe are certain that...も同じ意味で使用できます。
メールは書き言葉と話し言葉の組み合わせ、しかしいつでも正式に |
メールは書き言葉と話し言葉が合わさる状況で使用するため、他の技術文書と異なり、ややカジュアルな表現を選択することも可能です。
例えば技術文書ではSVOを中心にして、SV、SVC、SVOのみで書く、またイディオム(群動詞)は使わない、といった厳格なルールを守りますが、メールになると、SVOOやSVOCが混在したり、またイディオムを使って表現することも許容されます。また、本来は接続詞であるandやbutを文頭におくような表記も、メールでは許容されます。話すときには前の文のピリオドを言わないため、前の文にどんどん追加していくAndやButの文頭使いがあります。さらには例えばWe are confident that→We’re confident thatと短縮形(We’re)を使って書くことが可能です。またこれらの略式な表現がメールでは自然であることも多くなります。
一方で、略式に崩して書くことは、いつでも比較的簡単にできることです。そこで、まずは他の技術文書と同様に、正式に書く、ということを心がけるとよいでしょう。正式に書くことで、誰に対しても失礼の無いビジネス文書とできること、また、メールで書いた内容を他の技術文書に流用するときにも便利です。
つまり、メールは「相手」が見えている分、他の技術文書よりも、上手く説明できたり、上手く伝えられる文が書けることが現実的にはあるでしょう。「メールで相手を説得しようとして書いていたら、上手く書けた、この内容、報告書に使える」、といったことに気づくことがあるのです。メールだけを話し言葉のように略式に崩して書くよりも、正式な表現で書いておくほうが、メールで説明した内容を他文書で使えて便利です。
今回扱いました【依頼する】【断る】【主張する】をまとめます。次回は、【確認する】【説明する】、そして【メールのフォーマット】を扱います。
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出典:工業英語ジャーナル2018年12月号